出口の向こうへ(5)「夢の理論MMT」で見てはいけない夢・見るべき夢

MMT(現代貨幣理論)では、「財政赤字は善であり、これなくしてデフレ脱却はない。」と説く。
日本経済の失われた30年を思うと、一理も二理もあるようにも思います。
子孫に付けを回してよいか、社会保障費が無くなってよいか、一人当たり800万円を超える赤字だぞ、などと政府に脅迫されて消費税を3回も引き上げられている国民にとっては、「赤字なんか気にせずに国債をジャンジャン出して景気を回復しよう」「消費税は最悪の税だから、なくしてしまおう」と言うMMTは夢の理論、フッと背中が軽くなった感じがします。
でも、そんなうまい話があるのかな?と疑問はあります。


日本におけるMMT派の代表的論客である中野剛志氏は、「事実に無関心な経済学者が政策に影響力を持つというのは恐ろしい」とまで述べ、これまで日本の経済政策を指南してきた浜田宏一、岩田規久男、若田部昌澄の各氏を始め既存の主流派経済学者をなで斬りにしていいます。「事実に無関心」というのは、「金融政策だけでは、デフレを脱却できない。」という事実のことです。

「日本はケインズ経済学とは正反対のことをやったから失敗したんです。それも2度も。こんなことをやれば、どんな国でも「20年」くらい簡単に失われますよ。」中野氏の言う2度の失敗とは、「好況時に内需拡大政策をしてバブルを産み出し、その後のデフレ時に3度の消費税引き上げをやったことを指しています。

このMMTなるものが、やや胡散臭いのは、中野氏がこれほどまでに「失敗」と強調する日本経済について、MMTの主柱の一人S.ケルトンニューヨーク州立大学教授は、「日本はMMTの成功事例」と言っていることです。
確かに我が国の政府総債務残高は1325兆円、対GDP比率は237%(世界一)にも達していながら、失業率2.6%(2020.4)、インフレ(CPI)0.99%、為替107円前後と安定している。これをもってケルトンは成功例と言い、しかし実質成長率はほぼゼロ(2019)であり、これをもって中野氏は失敗と言うのです。
「事実に無関心」ではないMMTの論客の間では、「日本経済の事実」は、「成功とも失敗」とも言える「だまし絵」のようなものに見えているのでしょう。
世界一の財政赤字(対GDP比)を出しても成長できない日本経済は、失敗なのか、
逆に世界一の財政赤字を出してもインフレにならず、為替も安定しており、失業率もG7に韓国、ロシアなどを加えても最も低いのは、成功例とみるべきなのか、改めてMMTを通してみると日本経済はますます複雑怪奇です。

中野氏は、赤字が足りないから成長しないのだ、インフレにもなっていなのだから、もっと財政赤字を出して需要を作るべきと言っています。
そうしないと日本はアメリカや中国の属国になってしまうから、富国強兵政策が必要とは、脱線しすぎですが、①医療インフラ②防災インフラ③学術研究インフラ作りのために財政を使おうという意見には、賛成せざるを得ないと思います。
これは見るべき「夢」といえるでしょう。
彼らの貨幣創造(信用創造)論の不完全性や自国通貨の国債はデフォルトしない、子孫への付け回しなど考えなくてよい等々、結論に至るプロセスは未完成です。しかしこの際、これらは置くとして、結論の部分「インフレにならない限り、財政の制約は気にせずに、必要なインフラ投資を積極的にやるべき」は、傾聴に価するものと言えます。
但し2点の注意書きが必要です。
①限界が有るということ。②どこの国でもできるものではないこと。
日本経済について、MMT学派の中で、正反対の結論があるのは、これによって明快に説明できます。
対GDP比率で世界一の財政赤字なのに、成長できないのは、未だ財政赤字の限界に来ていないのに財政赤字を有効利用していないからです。天井はまだまだ高い。
そしてMMTはどこの国においても通用する理論であると考えているから、混乱するのです。

日本、米国、中国、ドイツなど欧州の一部、産油国の一部など外貨を稼げる能力が高い国(シニョリッジが有効な国)とその他の国とでは、尺度を変えて考えなければなりません。
この2点に注意して日本経済を見直すと、財政赤字が世界一でも成長できていないこと、財政赤字が世界一でもインフレにもならず、通貨も安定していることが、何の不思議もなく説明できます。

ここで混同してはいけないのは、コロナ対策とMMTを結び付けて、「何でも財政」的な議論です。
今行われている政治家の人気取りとしての一律給付金、休業手当金、家賃補助等のようなヘリコプターマネー政策は、有害です。
現行のセーフティネットで対応すべきです。
いつでも国がお金をバラ撒いてくれる、そして「税金からついに解放される」わけではありません。
バラマキ政策は、確かに一時しのぎにはなります。某政党の党首が安倍首相に捻じ込んだ様に政治家の点数稼ぎにもなります。
しかし、これが常態化すると恐ろしい社会が待っています。
「まじめに働かなくても、文句言ったら国が何とかしてくれる」という勤労意欲の減退、そして起業家精神の衰退、納税意識の低下などが蔓延し、ついには繁栄の礎であった「勤勉実直な日本社会」は崩壊へと向かうことになるでしょう。

MMTはチャンと言っています「通貨は納税手段となるから価値がある」。やはりMMTにおいても納税が根底にはあるのです。
財政はフリーマネーではないのです。インフレになるとMMTは増税で需要を減らすべしと言っています。その時完全雇用であれば、当然失業がでます。MMTは失業を出さない夢の理論ではありません。
また限界を超えて財政赤字を使いすぎると将来の子孫が使える「赤字枠が減る」。やはり、子孫に「付けは回る」のです。
MMTの実践は、どこの国にもできる芸当ではありません、そしてできる国においても限界があるのです。
限界ラインを引き上げるべき国においても、使い道と新たな限界を見据えた財政規律は不要というわけではないのです。


「国は際限なく、お金をバラ撒いてくれる。」これが「見てはいけない夢」です。

「自国通貨の国債にデフォルトはない。日本の財政破綻を予想する議論が、どれだけばかげているか。」等と煽るのは無責任です。「我が国におけるMMTの実践は一定の限界(シニョリッジ「通貨発行益」あること)をもって可能である。」と考えるべきです。「その限界に達するまでの財政赤字を何に充てるか」の選択が、いま、国民にとっての死活的に重要な命題なのです。

コロナの流行で、図らずも露呈した医療の脆弱性、遠隔診療制度の遅れ、そして毎年繰り返される風水害や巨大地震対策、老朽化した道路、橋梁などは国民の安全安心に直結します。を考えるとまた国の将来を考えるとやはり資源のない日本は技術革新が生命線です。そうした現状を考えると、かつて平城京造営のために和同開珎などの通貨を流通させてそのシニョリッジ(通貨発行益)を活用したように、世界に数少ないシニョリッジのある国であるわが国においては、その「限界に至るまでまだ余裕のある貴重な財政赤字枠」は、安全インフラ(防災、医療)の確保、成長インフラ(学術研究・技術革新)の確保に使われるべきであり、単なる一時しのぎのバラマキで使ってはならないと考えるべきでしょう。

例えば、失業対策として雇用調整金制度がうまく機能していないなら、いま議論している「みなし失業」という特例制度の導入に向け立法措置を講じるなどのように機能の充実こそが重要で、場当たり的なバラマキは、巨額な資金が必要なだけでなく無駄が多く、かつ勤労意欲に悪影響を与える可能性もあります。「経済政策で自殺者が増える」(森永康平氏)などとヒステリックな議論を煽り立ててる道具としてMMTを利用するのは危険です。

特に、社会的な弱者や高齢者にとって、「MMTで見てよい夢と見てはいけない夢」つまり「よい財政赤字と悪い財政赤字」の別は大変重要です。バラマキは社会的弱者にとって一見魅力的ですが、例えば家賃補助は家主補助であり、10万円は流通業者支援です。本当に必要な支援は、安心して生活ができるインフラの提供こそが重要です。もちろん急を要する人々もおられます。その方々には、現行のセイフティーネットをより活用することにより対処すべきでしょう。
悪い財政赤字(場当たり的バラマキ)は、インフレや不況の原因(GO、STOP政策により)をとなり、社会的弱者や高齢者をより激しく直撃します。
一方、インフラ整備に向けられる財政赤字(建設的需要創出)は、高齢者の投資教育の充実が前提ですが、高齢者の金融資産にとって良い投資機会の提供(わが国の純貯蓄の90%は60歳以上が保有している。高齢者こそ眠れる巨大な投資家群です。)が期待されます。退蔵されているお金は回り始めます。そして医療インフラの整備、防災インフラの整備そして学術研究インフラの充実は、技術革新をもたらし、投資機会の提供だけでなく、高齢者の健康で安全安心な生活もたらします。
高齢者だけでなく国民全体にとっても、よい財政赤字は、大きな恩恵を受けることが期待されます。
わが国においては、MMTの出番が来ていると思います。