後見制度と家族信託・任意後見契約

認知症等で意思無能力となったときに、後見人のお世話にならずに自分以外に自分の財産を管理してもらう方法は、二つあります。
1つは家族信託契約を結ぶこと、二つ目は任意後見契約を結ぶことです。どちらも契約ですから意思能力を失う前に締結しておく必要があります。
ところで、そもそも後見人を必要とする状況とは、どういう事態を想定しているかについて立ち戻って考えてみます。
我が国国民の平均寿命は、男80.98才、女87.14歳(2016)ですが、健康寿命は男72.14歳、女74.79歳(2016)となっています。男は9年、女は12年間、健康でない時期を経て亡くなっているのが平均像です。この時期をここでは「寿命GAP」と呼びます。亡くなった後は遺産を承継した人が管理・処分すればよいし、健康なうちはご本人が管理・処分されればよいのです。しかし寿命GAPにおいて自分の資産を自分で処分できなくなった場合、自分のために、その処分をしてくれる人が必要となります。
それが成年後見人であるとして厚労省が担当し、家裁、法務省、総務省、地方公共団体、民間団体等が協力して国を挙げて利用促進に努めています。
本当に成年後見人でなくては、できないのでしょうか?
後見開始の審判を申立てた人の主な動機を調べてみましょう。例によって「成年後見関係事件の概況」では、7つ挙げられています。①預貯金等の管理・解約42.4%②保険金の受取③不動産の処分9.4%④相続手続き⑤訴訟手続き⑥介護保険契約(施設入居)⑦身上監護の7つです。その他は3%弱しかありませんので、これでほぼ全部となります。
この内、①③で動機の半分以上(51.8%)を占めますが、複数回答可ですので、申立件数の83.1%が①、18.4%が③が動機となっています。これらは家族信託でカバーでき、残り5項目はすべて任意後見契約でカバーできます。
しかも家族信託も任意後見契約も契約ですから、受託者や任意後見人は、本人の信頼する人を指定して契約しますから、心強くかつ親しみ深い関係性の中で処理されていくものと期待できます。もちろん受託者や任意後見人が信頼を裏切ることのないように、家族信託では、受益者代理人や信託監督人を付けることができますし、また任意後見契約が発効するためには任意後見監督人を家庭裁判所で選任してもらう必要があることになっています。任意後見監督人は漏れなく付きますが、任意後見人にとっては少し煩わしいと思いますが、行為の主体は任意後見人で監督人はチェックする関係ですから、赤の他人の後見人が行為の主体というのではありませんので、不正防止の装置として前向きに受け止めても良いかもしれません。
それでも、もし監督人と揉めても家族信託を併用していれば、任意後見監督人は信託財産には関与できませんので、本人や家族が困らない運営ができます。
家族信託契約によって信託された財産は、本人の財産とは切り離されますが、本人には引き続きそれを使用収益する権利は維持されたまま、管理・処分権のみを受託者に移すものです。従って認知症になっても信託した不動産は売却できますし、預金はおろせます。その手続きは受託者がやり、お金は費用を除き、本人の意向に沿って本人のためだけに使われます。
もし何らかの理由で後見人がいても信託財産には関与出来ません。また、本人自身の名義の預金を1,000万円未満にしておけば、仮に何らかの理由で、後見開始の審判を申立てても専門職後見人が家裁の指名を引き受ける可能性は低くなり、申立書に書いた意中の後見人候補者が選ばれる可能性が高まるものと思われます。
もっとも油断なく少し心配症になって考えると、さきほどは信託には後見人は関与できないと申しましたが、専門職後見人がついてしまうと信託法92条(信託行為の定めにより制限できない受益者の権利)や介入権などを主張して受託者に注文を付けてくる可能性があります。しかしこれは、受託者が誠実に運営していれば何も言われる筋合いはなく、また任意後見契約を併用すれば、成年後見人を選ぶ必要も極めて低くなりますので、そうした心配もなくなることになります。
任意後見契約では、契約により合意した事項を登記事項(身上監護や介護保険契約、訴訟関係の事項などを含む)として本人が信頼する任意後見人が代理できますので、本人の安心感は大きいものと思います。また任意後見制度には資格はく奪はありませんので、国家資格や取締役資格も維持されます。(もっとも資格に相当する職務を果たせない場合は辞任したほうがよいと思います。)
これらのことから、もし周囲に信頼できる家族や友人等がいる場合は、後見開始審判を申立てることになる前に家族信託+任意後見契約を整えることを先に考えることは有益であると思います。
さらに進んで任意後見契約は財産管理委任契約とセットで「移行型任意後見契約」として活用する方が即効性があります。つまり意思能力は問題ないが、足腰が衰えたので、銀行などには代理人として登録して普段のお金の出し入れ、年金の受け取りなどの財産管理を委任しておいて、先々意思能力が減退したときに任意後見契約に移行するものです。
これによってお元気なうちから、この制度の積極的な活用が期待できます。
以上のように、後見制度の弊害の自衛策としての家族信託と任意後見契約には非常に補完性がありますので、併用がベストではないかということをご提案して今日のテーマは終わりたいと思います。
ただ、任意後見人や受託者には成年後見人のような取消権がありませんので、本人のした契約を取り消すことはできません。この点は留意して取り組む必要があります。

次回は、現行の後見制度の改善策について検討してみたいと思います。