11月13日各紙は、岸田首相は仕事と介護の両立支援の法案提出を指示したと報じた。同夜のNHK「クローズアップ現代」では、「仕事と介護に挟まれてービジネスケアラー318万人時代の現実」が放送された。そして翌々日の日経新聞の社説は、「仕事と介護の両立支援は重要な経営課題だ」と論じた。
にわかに政府と中心的メディアが騒ぎ立てているのは、どうしたことなのか?
介護離職は、もう何年も年間10万人前後で推移している。「高々10万人の離職問題を扱うにしては、聊か役者が凄すぎはしないか。」とお感じの諸兄も多いことと思う。しかし、経産省の試算では、介護離職による経済的損失は6500億円、離職には至らないが、介護を担う働き手(以下、「ビジネスケアラー」という。)の生産性低下の経済損失は約9.2兆円とされていることからすると、あながち、大げさでもない、いやむしろ、日本経済にとっても個別企業にとっても重要な経営課題なのである。
介護については、育児介護休業法で育児といっしょくたに休業・休暇の取得等が規定されている。しかし育児と介護は全く異なる事態である。
育児休業は、女子は約80%の取得が定着しており、男子の育休取得率も年々鰻上りで15%を越えてきた。企業も挙ってその取得奨励に取り組んでおり、休んでいる人のカバーを強いられる仲間には手当を出す会社も現れた。育児は、子供の成長と共にその負担は軽減されていく、しかし介護は、いつ終わるとも分からぬしかも年々事態は悪化していくのが一般的だ。育児は明るく、介護は重い。介護休業の取得率は2%程度、ほとんど利用されていない。なぜか?制度を知らない従業員が多いことが一番だが、介護休業は93日取れるが、いつ終わるか分からないので93日では足りないし、逆に育児のように密着して世話をすることもないので、丸々1日休みを取ることもない。要は、現実と制度がマッチしていないのである。また育児と違って職場の仲間に言い出しにくい現実がある。企業にとって、育児は国策への協力的要素が強いが、「介護による離職と生産性の低下は」9.2兆円という莫大な損失を産む重要な経営課題、他人事ではないのである。更に進んで言えば、介護に苦しむビジネスケアラーは、自社の社員である。損得問題の前に、企業が真っ先に救いの手を差し伸べなければならない人たちではないか。
「全ての人に健康と福祉を」とSDG’sは言うが、ビジネスケアラーの問題は、むしろ安全配慮義務と言うべきではないか。
コマツが相談窓口を充実させている、EYジャパンは介護のための引っ越し費用を負担するという、大成建設は「介護サービスプログラム」を管理職の研修課題としているという、等々、一部の企業で取り組みは始まっている。しかし、どれも対症療法でしかない。ビジネスケアラーの悩みは、介護保険サービスで足りない部分をどうしていくかに尽きる。要は、「お金の問題」なのである。
保険外サービス代は、家計を大きく圧迫する。施設に入居させるには、ランニングコストだけでなく纏まったお金も必要だ。40代、50代のビジネスケアラーは同時に子の学費、家のローンも抱えている世代でもある。親の介護費用までは、とても手が回らない。コマツのように相談窓口を設け、休暇制度や介護保険制度の情報提供を行うことは必要だが、一歩進んで、介護費用をどうするかの支援について会社が一部身を切る覚悟が要るのではないか。
親に資産があれば、親が認知症等を罹患して意思能力を失っても、その親の資産をその親の為に子が使用できるようにしておけば(家族信託、任意後見制度の活用)、ビジネスケアラーの負担は大きく軽減されるのではないか。ただしその取り組みが成功するには、それに係る費用は会社が一部支援すべきである。親にも資産が無い場合は、会社が、介護手当として、保険外サービス等の助けになる支援を行うべきである。
「部長は介護で休みます。」昨年11月の日経電子版の記事の見出しである。ビジネスケアラーは、40代、50代が中心である。会社の幹部社員が多い。経産省の試算9.2兆円のロスに、幹部社員の要素がどのくらい含まれているかは不明だが、企業によっては、その幹部の生産性が大きく低下すれば、会社が回らないこともあるかも知れない。いずれにしても企業にとってその程度の支援は、お安い話ではないか。もし介護に心身とも疲弊した作業員が労災を被ったら、これからは、安全配慮義務違反と言われることもあるかも知れない、ミスで災害を引き起こすなどで工場が止まれば、測り知れないリスクを負うことになる。最早、経営者に、躊躇している猶予はない。
ビジネスケアラーを誰が救う?