「健康経営」に深刻な影-介護疲れによるプレゼンティ―ズムの(疾病就業)の静かな拡大―

「健康経営」は会社の持続的発展に、不可欠なものとの認識が広がっています。具体的には、長時間労働の弊害、パワハラ・セクハラその他のハラスメントへの取り組みが代表選手です。これらを「虫」に例えるならば、介護疲れによるプレゼンティーズム(疾病就業)は、「カビ」と言えるかも知れません。虫なら退治をすれば解決します。しかしカビは会社の中に深く静かに、じわじわと進行し、対応もおくれがちです。気が付いたときは、時すでに遅く「介護離職」として表面化します。介護離職は毎年10万人程度発生し(安倍内閣は、新三本の矢の一つに介護離職ゼロを掲げて取り組んだが、ゼロどころか全く減少していない。)その損失は6500億円に上る(経産省)と試算されています。しかし介護離職は氷山の一角であり、もっと恐ろしいのは、水面下で、その数十倍の大きな塊となって増殖を続けるプレゼンティーズム(疾病就業)です。疲労による就業の非効率、ノルマ未達、ミスの発生として日々経営を圧迫し続けます。非効率は業績を直撃します、そしてミスは、労災の発生、そしてさらに進んで、ミスに因る事故の発生です。こうしている間も、どこかの会社でミスによる大小様々な労災や事故が発生しています。工場火災や製品の欠陥に繋がるミスは、会社の存立を危うくします。
育児介護休業法は、改正を重ねています。「育児休業」の利用は、女性ではほぼ8割、男性の利用はほとんどありませんでしたが、近年うなぎ登りで、昨年はとうとう12%を超えました。今後も増え続けるものと推定されます。しかし「介護休業」の利用率は、2%台と低迷を続けています。相次ぐ法改正によっても一向に利用は伸びていません。原因は改めて詳しくご報告するとして、簡単に言えば、介護と育児の違いが理解されていないことに尽きます。育児は時が来れば、復帰が見えていますので、職場の理解も得やすい。苦労は多いが、子供の日々の成長は親を喜ばせ、明るい未来を期待できます。
しかし介護は違います。何年続くか分からない心の重さを伴います。そして何より、子育てと違い、年を経るごとに事態は深刻さを増していきます。
それは、「93日休業できます」といわれても利用のしようがないのです。
 当初は、育児と違い、四六時中対応する必要はなく、出勤前や帰宅後に食事や入浴その他のことを頑張って行えば、表面的には今まで通り出勤できるのです、93日もの休みは、不要なのです。しかしその頑張りの蓄積がプレゼンティーズム (疾病就業)に繋がっていきます。
 そして歳月と共に要介護度が徐々に上がっていきます。要介護3ともなりますと、目が離せない時間が増えてきます。今度は、93日では、足りない。疲れているが、今さら、会社に言えない。
こうして、プレゼンティーズム (疾病就業)が限界点を超え、介護離職に繋がっていきます。そうなると本人の家庭経済は深刻な状況となります。そして、本人のみならず、会社も大きな打撃を受けます。親の介護が必要となるのは、40代、50代の会社の幹部です。会社を支える重要な立場の部長、役員、技師長、責任者等幹部クラスの人材が、プレゼンティーズムを経て、離職へ向かって行くことになるからです。育児と違って、休業制度では救えない現状をどう打開して行けばよいのか?
 かつて日本は、欧米諸国に比べ 三世代同居率が 際立って高いためE.アンデルセンは、家庭基盤が支える保守的レジーム( 『ポスト工業経済の社会的基礎――市場・福祉国家・家族の政治経済学』)に分類しようとしていました。しかし三世代同居は、遠い昔に、ほとんどその姿を消し、それを一度は、介護保険制度と成年後見制度の発足によって、福祉国家型レジームとして 政府が引き受けようとしましたが、世界一の超々高齢社会のコスト増に耐え切れず、政府は、育児介護休業法を手土産として再び家庭にボールを投げ返したのです。そのため既に受け皿となる三世代同居のない家庭では、働き手が、介護と就労の二足の草鞋を履くことになり、それを支えることを会社に課す度重なる介護休業に関する法改正で、介護就労者と会社の負担は増すばかりになっています。
 こうした経緯で生まれた日本型福祉レジームは、解決の宛のない彷徨を繰り返すことになり、介護就労者のプレゼンティーズム (疾病就労)は、欧米以上に水面下で際限なく広がっていくこととなっています。
 しかし希望はあります。わが国には、高齢者に豊富な金融資産があります。そして改善に効果的な手法の芽があります。あとはそれらの芽を有機的に結合するだけなのです。
 介護就労者にも被介護者にも、政府にも、そして会社にとっても最善手となり得るのは、「両立支援制度と家族信託の融合」にあるのではないかと考えております。既にある資源を使って、欧米の福祉国家型でも自由主義型でもない、そしてE.アンデルセンも知らない有効な日本独自の福祉レジームを実現できる可能性があるのです。